大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(ネ)909号 判決 1967年7月21日

理由

一、別紙目録記載の各土地(以下本件土地という)がもと被控訴人の所有であつたこと、控訴会社が被控訴人から本件土地を代金四八万円で買受けたこと及び本件土地につき被控訴人名義から控訴会社名義に前橋地方法務局太田支局昭和三五年一二月一七日受付第六、六六四号をもつて同年同月一五日売買を原因とする所有権移転登記のなされていることは当事者間に争がない。

二、被控訴人は右売買は控訴会社がその成立後に譲受けることを約した財産にかかるものであるところ、これについて控訴会社の定款に所定の記載がなかつたから商法第一六八条第一項第六号により無効であると主張するところ、控訴会社の定款に右の記載のないことは当事者間に争がなく、《証拠》をあわせれば、被控訴人はかねてから個人でガソリンスタンドを経営し、原審相被告株式会社谷田川油店から石油類を購入していたが次第にその代金の支払が滞るようになり、他にも負債を生じ、経営不振におちいつたので、その事業の再建をはかるため、右会社代表者谷田川佐平が発起人総代となり被控訴人らとともに被控訴人の所有する店舗及び本件土地等右スタンド店の設備一切を利用して資本金一〇〇万円の株式会社(控訴会社)を設立し、これに右谷田川油店から石油を供給して谷田川側の監督の下に被控訴人をしてその営業継続の実を得しめることとし、その会社設立手続中である昭和三五年一二月三日谷田川と被控訴人との間で会社成立後本件土地を会社店舗の敷地として買い受ける旨契約し、同年一二月一四日控訴会社の設立登記を了するとともに翌一五日控訴会社においてこれを買い受けたものであることを認めるに十分であり、原審及び当審における控訴会社代表者、当審における被控訴人本人各尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない。右認定の事実によれば本件土地売買はいわゆる財産引受であり、商法第一六八条第一項第六号により無効であることは明らかである。

三、控訴人は被控訴人が右無効を主張するのは権利濫用であつて許されないと主張するので、さらにこの点について検討する。《証拠》によれば、被控訴人は控訴会社設立の際、みずからその発起人となつたうえ、その設立の当初から谷田川熊太郎こと谷田川佐平とともに控訴会社社の代表取締役の地位あるものであるが、控訴会社は、本件土地につきその設立登記の日の翌日である昭和三五年一二月一五日付をもつて、自己名義に所有権移転登記を了し被控訴人からその引渡を受けるとともに、そのころその売買代金債務の履行をすませたうえ、その後右地上に株式会社谷田川油店をして建物及び給油設備を建築所有せしめた上同会社からこれを賃借し、これらを使用して営業をしており、本件土地を除いてはさしたる財産を有せず、かえつて同会社に対しすでに三〇〇万円以上の債務を負担するに至つており、同会社から右債権保全のために本件土地につき仮差押を受けていることその後控訴会社の代表取締役である被控訴人と、同じく代表取締役である谷田川佐平とは控訴会社の運営に関する意見の相違から不和となつたため、被控訴人は昭和三九年三月一〇日になつてはじめて控訴会社に対し、前示売買による財産引受が定款に記載されていないから、無効である旨主張し、次いで本訴提起にいたつたことが認められる。右事実に徴すると、前示売買につき、控訴会社はもちろん売主である被控訴人においてもはじめはこれを有効なものとして互いにその履行を了し、控訴会社は本件土地を使用して営業を続けていたものであり、被控訴人は右売買の当事者として、また控訴会社の発起人もしくは代表取締役として右売買による財産引受が定款に記載されないため無効であることを知り、もしくは少くとも知りうべきであつたにもかかわらず、会社設立の日から三年有余も経過してはじめてその無効を主張するものであり、しかも控訴会社が今にして本件土地を失えば、その営業に多大の支障をきたし、一方会社債権者たる株式会社谷田川油店も多額の損害をこうむるべく、被控訴人においてもかかる事情は了知しているものというべきであつて、これらの事情にかんがみれば、被控訴人の本件無効の主張はいささか非難に値するものなしとはしがたい。しかしいわゆる財産引受に関する商法の規定は、いわゆる事後設立に関する規定とともに、現物出資の脱法行為を防止し、会社資本の充実をはかるにあることは明らかであつて、たんに会社の保護を目的とするのみならず、株主及び会社債権者の保護をも目的としたものであるから、右規定の要件を充たさない契約の無効は他に特別の規定のない以上客観的にかつ一律に定まるべく、その無効の主張はなんどきでも、かつなんぴとからなんぴとに向つてもこれを許すべきものというべきである。従つて会社も譲渡人もともにこれを主張しうるという点においては当初から右無効行為の当事者としてこれを知り、もしくは知り得べきであつた者もその無効の主張を妨げられないという結果を承認することとならざるを得ない。故に被控訴人の如き立場にある者がみずから右無効を主張すること自体は右制度の本来許容するところといわざるを得ないものである。控訴会社が今日において右財産引受の無効によつてこうむる不都合は結局自ら招いたものというべく、会社債権者たる株式会社谷田川油店は前記認定の経緯にてらせばこの間の消息に通じていたものというべきこと控訴会社と択ぶところがないものというべきである。従つて本件において前記のような諸事情があるからといつて、被控訴人の本件無効の主張をとらえて直ちに権利の濫用とするにはまだ十分でない。控訴人のこの点の主張は理由がない。

四、次に控訴人の権利失効の抗弁について判断する。

前認定の事実によれば被控訴人が右無効の主張をするにいたつたのは会社成立より三年有余の後であり、控訴会社は現に本件土地をその営業のために使用していることは明らかであるが、もともと本件売買が無効であることは控訴会社も当然了知し得たわけであり、会社そのものがこのような問題をかかえたまま出発したものであるから、会社としてはその後あらためて本件土地を譲り受ける等相当の手段を講ずべきであり、またその余裕もあつたものというべきであるから、これらの事情に徴すると、本件ではまだ右無効の主張が久しきにわたつてなされず、ために相手方たる控訴会社においてもはや右無効を主張されることがないと信頼すべき正当の事由を有するにいたつたものとするには足りないといわなければならない。控訴人のこの点の主張も採用できない。

五、しからば本件土地の売買は無効であつて、他にとくだんの所有権取得原因の主張立証のない本件においては本件土地はなお被控訴人の所有に属するものというべく、控訴人がこれを争うことは弁論の全趣旨から自明であるから、本件土地の所有権が被控訴人にあることを確認すべく、控訴人は右無効な売買を原因として本件土地につきなされた前記所有権移転登記を抹消すべく、これを求める被控訴人の本訴請求は理由がある。

よつてこれを認容し、これと同旨の原判決中の控訴人に関する部分は、相当であり、本件控訴は理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例